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千葉地方裁判所 昭和60年(ワ)1745号 判決 1987年11月13日

原告

大石悦正

原告

北島ふみ

原告

北島保男

原告

北島德二

右原告ら訴訟代理人弁護士

森永友健

右訴訟復代理人弁護士

高池勝彦

被告

大沼雄一

被告

安田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

後藤康男

右被告ら訴訟代理人弁護士

斉藤勘造

主文

一  被告大沼雄一は、

1  原告大石悦正に対し、金二四七三万〇一三三円及び内金二二七三万〇一三三円に対する昭和五九年三月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員

2  原告北島ふみに対し、金九〇二万三八〇〇円及び内金八二二万三八〇〇円に対する昭和五九年三月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員

3  原告北島保男及び同北島德二に対し、各金一五二万〇六三二円及び内金一三七万〇六三二円に対する昭和五九年三月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員

をそれぞれ支払え。

二  被告安田火災海上保険株式会社は、被告大沼雄一と連帯して、

1  原告北島ふみに対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年一二月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員

2  原告北島保男及び同北島德二に対し、各金八三万三三三三円及びこれに対する昭和六〇年一二月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員

をそれぞれ支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを二〇分し、その八を被告大沼雄一の、その六を原告大石悦正の、その二を被告安田火災海上保険株式会社の、その二を原告北島ふみの、その一を原告北島保男の、その一を原告北島德二の各負担とする。

五  この判決は原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告大沼雄一(以下「被告大沼」という。)は、

(一) 原告大石悦正(以下「原告悦正」という。)に対し、金四〇四〇万六六三八円及び内金三七〇〇万六六三八円に対する昭和五九年三月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員

(二) 原告北島ふみ(以下「原告ふみ」という。)に対し、金一四二七万四五四〇円及び内金一三〇七万四五四〇円に対する昭和五九年三月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員

(三) 原告北島保男(以下「原告保男」という。)及び同北島德二(以下「原告德二」という。)に対し、各金二三七万九〇九〇円及び内金二一七万九〇九〇円に対する昭和五九年三月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員

をそれぞれ支払え。

2  被告安田火災海上保険株式会社(以下「被告会社」という。)は、被告大沼と連帯して、

(一) 原告悦正に対し、金一三三三万三三三四円及びこれに対する昭和五九年三月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員

(二) 原告ふみに対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和五九年三月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員

(三) 原告保男及び同德二に対し、各金八三万三三三三円及びこれに対する昭和五九年三月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員

をそれぞれ支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生(以下「本件事故」という。)

(一) 日時 昭和五九年三月九日午後一一時二五分ころ

(二) 場所 千葉県印旛郡白井町根七六−三先交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 加害車両 普通乗用自動車(習志野五五ろ三四七四、以下「大沼車」という。)

右運転車 被告大沼

(四) 加害車両 普通乗用自動車(群五七る二二九五、以下「悦正車」という。)

右運転者 原告悦正

(五) 被害者 大石富子(以下「富子」という。)

(六) 態様 被告大沼が大沼車を運転して八千代市方面から柏市方面に向かつて直進し、本件交差点に差し掛つた際、同所において右折を継続中の悦正車の左側面に、大沼車の前面を衝突させた。

(七) 富子は、悦正車の助手席に同乗していて本件事故にあい、その結果、全身打撲の傷害を負い、昭和五九年三月九日及び同月一〇日の二日間医療法人社団湖仁会白井中央病院に入院し、同月一〇日午前零時二八分右傷害により死亡した。

2  責任原因

(一) 被告大沼

被告大沼は、大沼車を所有し、自己のため運行の用に供していたので、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により運行供用者責任を負う。

(二) 被告会社

原告悦正は、悦正車を所有し、自己のため運行の用に供していたから、自賠法三条により運行供用者責任を負い、被告会社は、原告悦正との間で、悦正車につき、本件事故発生日を保険期間とする自動車損害賠償責任保険契約(以下「自賠責保険」という。)を締結したから、自賠法一六条一項に基づき、保険金額(死亡につき金二〇〇〇万円)の限度で、本件事故による損害賠償額の支払をする責任がある。

3  損害

(一) 富子の損害

(1) 治療費 金六万〇三七〇円

(2) 逸失利益 金三一二三万七七八八円

富子は、本件事故当時満三四歳の健康な女性で、主婦として家事労働に従事し、少なくとも平均的労働意欲と労働能力を有していたので、本件事故にあわなければ、六七歳までの三三年間稼働可能で、その間、少なくとも昭和五八年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計、三〇歳ないし三四歳の女子労働者平均賃金である年額二三二万六三〇〇円の所得を得ることができたから、生活費割合として三割を控除し、新ホフマン係数(三三年)19.183により中間利息を控除して、富子の逸失利益の現価を算出すると、次のとおり、金三一二三万七七八八円となる。

2,326,300×(1−0.3)×19.183

=31,237,788

(二) 相続

原告悦正は富子の夫であり、北島季松(以下「季松」という。)及び原告ふみは富子の父母であるが、季松は昭和五九年一〇月二九日死亡し、その妻である原告ふみ、その実子である原告保男及び同德二が季松を相続した。

以上により、富子についての法定相続分は、原告悦正が三分の二、原告ふみが四分の一、原告保男及び同德二が各二四分の一となる。

(三) 葬儀費

金三一四万一二〇〇円

原告悦正は、富子の葬儀費として金三一四万一二〇〇円を支払つた。

(四) 慰謝料

(1) 原告悦正 金一三〇〇万円

原告悦正は、本件事故により、妻である富子を失い、これによる精神的苦痛を慰謝するには、少なくとも金一三〇〇万円が相当である。

(2) 原告ふみ 金五二五万円

原告保男及び同德二

各金八七万五〇〇〇円

原告ふみ及び季松は、本件事故により実子である富子を失い、これによる精神的苦痛を慰謝するには、少なくとも各金三五〇万円が相当である。

季松は、前記のとおり、昭和五九年一〇月二九日死亡したので、同人の慰謝料は、その妻である原告ふみが二分の一、その実子である原告保男及び同德二が各四分の一の割合で相続した。

したがつて、原告ふみの慰謝料額は金五二五万円、原告保男及び同德二の慰謝料額は各金八七万五〇〇〇円となる。

(五) 弁護士費用

(1) 原告悦正 金三四〇万円

(2) 原告ふみ 金一二〇万円

(3) 原告保男及び同德二 各金二〇万円

(六) 請求損害

(1) 原告悦正 金四〇四〇万六六三八円

(一)の富子の損害の相続分の三分の二である金二〇八六万五四三八円に、(三)、(四)(1)及び(五)(1)を加えたもの

(2) 原告ふみ 金一四二七万四五四〇円

(一)の富子の相続分の四分の一である金七八二万四五四〇円に、(四)(2)の原告ふみ分及び(五)(2)を加えたもの

(3) 原告保男及び同德二

各金二三七万九〇九〇円

(一)の富子の損害の相続分の二四分の一である金一三〇万四〇九〇円に、(四)(2)の原告保男・同德二分及び(五)(3)をそれぞれ加えたもの

4  よつて、本件事故による損害賠償として、

(一) 原告悦正は、被告大沼に対し、金四〇四〇万六六三八円及び弁護士費用を除いた内金三七〇〇万六六三八円に対する本件事故の発生した昭和五九年三月九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告会社に対し、被告大沼と連帯して弁護士費用を除いた金三七〇〇万六六三八円の内金で自賠責保険の限度額金二〇〇〇万円の三分の二に当たる金一三三三万三三三四円及びこれに対する本件事故の発生した昭和五九年三月九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を

(二) 原告ふみは、被告大沼に対し、金一四二七万四五四〇円及び弁護士費用を除いた内金一三〇七万四五四〇円に対する本件事故の発生した昭和五九年三月九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告会社に対し、被告大沼と連帯して弁護士費用を除いた金一三〇七万四五四〇円の内金で自賠責保険の保険金の限度額金二〇〇〇万円の四分の一に当たる金五〇〇万円及びこれに対する本件事故の発生した昭和五九年三月九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を

(三) 原告保男及び同德二は、各自、被告大沼に対し、金二三七万九〇九〇円及び弁護士費用を除いた内金二一七万九〇九〇円に対する本件事故の発生した昭和五九年三月九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告会社に対し、被告大沼と連帯して弁護士費用を除いた金二一七万九〇九〇円の内金で自賠責保険の保険金の限度額金二〇〇〇万円の二四分の一に当たる金八三万三三三三円及びこれに対する本件事故の発生した昭和五九年三月九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を

それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)、(二)、(四)、(五)及び(七)の各事実は認める。同(三)及び(六)の各事実は否認する。

2  同2は争う。

3  同3について

(一)(1)の事実は知らない。同(2)の事実は否認する。なお、中間利息の控除はライプニッツ方式によるべきである。

(二)のうち、原告悦正が富子の夫として同女を相続したことは認め、その余の事実は知らない。

(三)の事実は知らない。仮に、原告悦正が富子の葬儀費を支払つたとしても、本件事故と相当因果関係のある葬儀費としては金七〇万円が相当である。

(四)は争う。慰謝料については相続構成をとるべきであり、その場合の富子の慰謝料は金一三〇〇万円が相当である。

(五)は争う。

三  抗弁

1  免責(被告大沼)

本件事故は、大沼車が八千代市方面から柏市方面に向かつて直進し、停止線の手前一七メートルの地点で青信号を確認した上で本件交差点に進入したところ、原告悦正がその直前で悦正車を右折させたことによつて発生した。右折車は直進車の進行を妨害することが禁止されているから、本件事故は、原告悦正の一方的かつ全面的過失によるものである。

大沼車には構造上の欠陥及び機能の障害がなかつた。

したがつて、被告大沼は、自賠法三条但書により免責されるべきである。

2  過失相殺(被告大沼)

仮に、被告大沼が黄信号で本件交差点に進入したとして、そのことにより被告大沼に過失が認められるとしても、前記事故状況からみて、その過失割合は原告悦正が八、被告大沼が二である。

したがつて、富子の損害の算定に当たつては、富子の夫である原告悦正の過失割合である八割を被害者側の過失として過失相殺がなされるべきである。

3  混同(被告会社)

本件事故の被害者である富子は、原告悦正に対し、自賠法三条により損害賠償請求権(以下「三条請求権」という。)を取得したが、同女の死亡により、原告悦正がその三分の二について相続したので、右相続分相当の損害賠償債権は、同原告の損害賠償債務と混同により消滅した。

また、富子が被告会社に対して取得した自賠法一六条の損害賠償請求権(以下「一六条請求権」という。)は、三条請求権の存在を前提とするものであるから、原告悦正の相続分についての三条請求権が混同により消滅したことにより、右相続分の限度で、一六条請求権も消滅した。

したがつて、原告悦正の被告会社に対する請求は理由がないものというべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は争う。

本件事故は、被告大沼が、本件国道の制限速度時速五〇キロメートルを超える時速八〇ないし一〇〇キロメートルの高速でかつ対面信号が赤色を表示していたのにもかかわらず大沼車を本件交差点に進入させたため発生したものであるから、被告大沼の過失が一〇〇パーセントであり、もとより免責はなされるべきでない。

2  同2は争う。

右のような被告大沼の速度違反及び信号無視に照らし、また、原告悦正には過失がないので、本件については過失相殺はなされるべきではない。

3  同3は争う。

民法五二〇条に規定する混同による債権消滅の効果は相対的なものであつて、権利者以外に債権の目的の受領権者がいる場合や債務者以外に債務の目的の履行義務者がいる場合には混同の法理は働かない。

本件においては、原告の悦正のほかに保険会社である被告会社が保険契約に基づき賠償義務者となつており、被告会社は自ら受領するものではないから、混同による消滅を主張できる立場にない。

第三  証拠<省略>

理由

一事故の発生、態様及び過失相殺

1  請求原因1(事故の発生)のうち、(一)、(二)、(四)、(五)及び(七)の各事実は当事者間に争いがない。

2  右争いがない事実に、<証拠>を総合すれば、本件事故の状況として次のとおり認められる。

(一)  本件事故現場は、柏市方面から八千代市方面に北西から南東に通ずる車道幅員約一五メートルで片側二車線のほぼ直線の国道一六号線(以下「本件国道」という。)及び印西町方面から鎌ケ谷市方面に北東から南西に通ずる片側一車線のほぼ直線の道路が交わつた交差点(本件交差点)の中心の西側寄りの地点で本件国道の上り車線上であり、本件交差点は信号機による交通整理が行われていた。本件事故現場付近の本件国道の制限速度は時速五〇キロメートルであり、見通しを妨げる障害物はなく、本件事故当時の交通量は深夜でもあり少なかつた。

(二)  原告悦正は、本件事故当時、助手席に妻の富子を乗せ、悦正車を運転して、本件国道の下り車線を柏市方面から八千代市方面に向け、時速約六〇キロメートルで進行し、本件交差点手前の右折車線に入り、断続的に制動して速度を落としながら進行し、本件交差点の停止線の約一〇メートル手前で対面信号が黄色に交わるのを見て、本件交差点に差し掛かつた際、対向車(大沼車)が約八五メートル前方の上り車線上にいるのを発見し、約九メートル進行した本件交差点内で右折を開始した際には対面信号が赤色に変化しており、アクセルを踏み込んだ際には、大沼車が約三〇数メートル前方に接近していた。

(三)  被告大沼は、本件事故当時、大沼車を運転して、本件国道の上り車線を八千代市方面から柏市方面に向け、時速約八〇キロメートルで進行し、対向車(悦正車)が約八〇メートル前方で右折車線で右折の合図をしているのを発見しており、本件交差点に差し掛かつた時には、対面信号が既に黄色から赤色に変わつており、かつ、悦正車が右折を開始していたことを認めていたが、前記速度のまま、本件交差点に進入した。

(四)  右折を継続していた悦正車の左側面に、直進してきた大沼車の前部が衝突し、悦正車は右衝突により大破し、約三〇メートル以上押し戻されて停止し、大沼車は約一七メートル進行して停止した。

3  ところで、本件事故当時の大沼車の速度について、被告大沼は、本人尋問の際、時速六〇ないし七〇キロメートルであつた旨供述し、また、同被告は、司法警察員に対する昭和五九年三月一〇日付供述調書(前掲乙第五号証)において時速六〇キロメートル以上であつた旨供述しているが、前記悦正車と大沼車の急接近状況のほか、同被告は検察官に対する供述調書(前掲乙第九号証)において時速七〇ないし八〇キロメートルであつた旨供述していること、大沼車は悦正車の左側面に衝突してこれを大破させ、更にこれを約三〇メートルも押し戻していること、被告大沼が立会つて指示説明をした実況見分調書(前掲乙第一号証)では、大沼車が時速六〇キロメートルで約17.3メートル進行する間に、悦正車が右折車線を約30.3メートル進行した旨の指示説明があり、検察官に対する供述調書において、その不合理さを指摘されてこれを変更しており、その指示説明は正確なものとは認め難いこと等に照らして、被告大沼の前記供述はたやすく措信できず、他に前記大沼車の速度についての認定を覆すに足りる証拠はない。

4  また、本件交差点の信号の表示について、被告大沼は、本人尋問の際、停止線の一七メートル手前で対面信号が青色を表示しているのを見た旨供述しているが、同被告は前記司法警察員に対する供述調書(前掲乙第五号証)において、その後は信号を見ていなかつたので本件交差点の直近では信号が黄色になつていたかもしれない旨述べるなど不明確なところがあること、また、被告大沼の実況見分の際の指示説明には前記のように不正確なところがあること、さらに、原告悦正本人尋問の結果に照らして、前記被告大沼の供述はたやすく措信できず、他に信号表示についての前記認定を覆すに足りる証拠はない。

5  右認定事実によれば、被告大沼は、本件事故当時、本件国道を制限速度を大幅に超える時速約八〇キロメートルの速度で進行し、本件交差点に差し掛かつた際には対面信号が既に赤色を表示しており、かつ、対向車が右折を開始していたのにもかかわらず、前記速度のまま本件交差点に進入したものであるから、本件事故発生についての過失には大きなものがあると認められる(したがつて、被告大沼の抗弁1の免責の主張は理由がない。)。

また、原告悦正も、対面信号が黄色を表示していたのにもかかわらず、本件交差点に進入し、夜間で対向車との距離感及びその速度がつかみにくい状況にあり、また、対向車が急接近している状況の下で右折をした点において、対向車の動静注視に不十分なところがなかつたとはいえず、過失が認められる。

被告大沼及び原告悦正の本件事故発生についての過失割合は、右各事実を総合考慮して、被告大沼が八、原告悦正が二と認めるのが相当である。

二被告大沼の責任原因

前掲各証拠によれば、被告大沼は、大沼車を所有し、友人宅に行くために大沼車を運転していたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。したがつて、被告大沼は、大沼車を自己のため運行の用に供していたものであり、また、同被告には前記一で認定説示したように過失が認められるので、自賠法三条但書所定の免責事由は存在せず、被告大沼の抗弁1は理由がなく同被告は、自賠法三条により運行供用者として被害者の損害を賠償する責任がある。

三被告会社の責任原因

前掲各証拠によれば、原告悦正は、悦正車を所有し、群馬県から船橋市内の自宅に帰るため、悦正車を運転していたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。したがつて、原告悦正は、悦正車を自己のため運行の用に供していたものとして、自賠法三条により運行供用者責任を負う。

また、前掲各証拠によれば、被告会社は、原告悦正との間で、悦正車につき、本件事故発生日を保険期間とし、死亡につき金二〇〇〇万円を限度とする保険金額を支払う旨の自賠責保険を締結したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

したがつて、被告会社は、自賠法一六条一項に基づき、右保険金額(死亡につき金二〇〇〇万円)の限度で、本件事故による損害賠償額の支払をする責任がある。

四損害

1  治療費 金六万〇三七〇円

<証拠>によれば、富子は、昭和五九年三月九日、前記白井中央病院において、本件事故による前記傷害の治療を受け、治療費及び文書料として金六万〇三七〇円を負担し、これを支払つたことが認められる。

2  逸失利益

金二六〇五万八六三一円

前掲各証拠によれば、富子は、昭和二四年六月八日生まれで、本件事故当時は満三四歳の健康な女性であり、昭和四五年一〇月二九日原告悦正と婚姻し、主婦として家事労働に従事し、少なくとも平均的労働意欲と労働能力を有していたことが認められ、これを覆すに足りる証拠はないので、富子は、本件事故にあわなければ、六七歳までの三三年間稼働可能で、その間少なくとも公刊されている昭和五八年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計、三〇歳ないし三四歳の女子労働者平均賃金である年額金二三二万六三〇〇円の所得を得ることができたものと考えられるので、これを基礎として、生活費割合として三割を控除し、中間利息をライプニッツ方式で算出控除し、富子の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり金二六〇五万八六三一円(円未満切り捨て)となる。

2,326,300×(1−0.3)×16.0025

=26,058,631

3  相続

原告悦正が富子の夫であり、富子を相続したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、富子には子がなく、富子の父母である季松及び原告ふみが原告悦正と共に富子を相続したが、季松が昭和五九年一〇月二九日死亡し、その妻である原告ふみ、その実子である原告保男及び同德二が季松を相続したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

したがつて、富子についての法定相続分は、原告悦正が三分の二、原告ふみが四分の一、原告保男及び同德二が各二四分の一となる。

4  葬儀費用 金一〇〇万円

<証拠>によれば、原告悦正が、富子の葬儀、墓碑建立、仏壇・仏具購入に関し、合計金三一四万一二〇〇円を支出したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右のうち、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用としては、金一〇〇万円を相当と認める(ただし、被告会社に対する請求は、後記のように、被害者自身の原告悦正に対する三条請求権を前提とするものであり、被害者である原告悦正が原告悦正自身に対して三条請求権を取得するということは無意味であるから、認めることができない。)。

5  慰謝料

本件事故の態様、富子の死亡の結果その他諸般の事情を総合考慮すると、原告悦正が本件事故により妻である富子を失つたことによる精神的苦痛を慰謝するには、金一〇〇〇万円(ただし、葬儀費用について述べたように、被告会社に対する請求は、無意味であつて認められない。)、季松及び原告ふみが本件事故により実子である富子を失つたことによる精神的苦痛を慰謝するには各金二五〇万円をもつて相当と認める。

季松は、前記認定のとおり、昭和五九年一〇月二九日死亡したので、同人の慰謝料は、その妻である原告ふみが二分の一、その実子である原告保男及び同德二が各四分の一の割合で相続した。したがつて、原告ふみの慰謝料額は金三七五万円、原告保男及び同德二の慰謝料額は金六二万五〇〇〇円となる。

6  小計

以上の各損害を原告ごとにまとめると次のとおりとなる。

(一)  原告悦正 金二八四一万二六六七円

1の治療費及び2の逸失利益の合計額の三分の二(円未満切り捨て)に4の葬儀費用及び5の慰謝料を加えたもの

(60,370+26,058,631)×2/3+1,000,000+10,000,000

(二)  原告ふみ 金一〇二七万九七五〇円

1の治療費及び2の逸失利益の合計額四分の一(円未満切り捨て)に5の慰謝料を加えたもの

(60,370+26,058,631)×1/4+3,750,000

(三)  原告保男及び同德二

各金一七一万三二九一円

1の治療費及び2の逸失利益の合計額の二四分の一(円未満切り捨て)に5の慰謝料を加えたもの

(60,370+26,058,631)×1/24+625,000

五過失相殺

前記一で認定したように、本件事故の発生につき、被告大沼との関係では、原告悦正にも二割の過失が認められるので、被告大沼の損害賠償額の算定に当たつては、富子の夫であり、本件事故当時、同女を悦正車の助手席に同乗させて同車を運転していた原告悦正の過失割合である二割を被害者側の過失として過失相殺をするのが相当である。

前記四6の各金額について、右過失相殺をすると、原告悦正は金二二七三万〇一三三円、原告ふみは金八二二万三八〇〇円、原告保男及び同德二は各金一三七万〇六三二円となる(円未満は切り捨てる。)。

六弁護士費用

原告らが被告大沼から前記各損害金の任意の支払を受けられないため、本訴の提起、遂行を原告ら訴訟代理人弁護士に委任したことは当裁判所に明らかであり、本件事案の難易、審理の経過、前記認容額等に照らすと、原告らが被告大沼に対して本件事故と相当因果関係ある損害として賠償を求めうる弁護士費用としては、原告悦正が金二〇〇万円、原告ふみが金八〇万円、原告保男及び同德二が各金一五万円と認めるのが相当である。

七混同

これまで認定した事実によれば、本件事故の被害者である富子は、原告悦正に対し、四1(治療費)及び2(逸失利益)記載の損害につき、三条請求権を取得し、同女の死亡により、原告悦正がその三分の二について相続したことが明らかである。

そうすると、右相続分相当の損害賠償請求権は、原告悦正の損害賠償債務と混同により消滅したものといわなければならない。また、富子の被告会社に対する一六条請求権は、三条請求権の存在を前提とするものであるから、原告悦正が相続した三分の二の相続分についての三条請求権が混同により消滅したことにより、右相続分の限度で、一六条請求権も消滅したものというべきである。

原告悦正は、この点につき、混同の効果は相対的なものであり、本件においては、原告悦正のほかに保険会社である被告会社が損害賠償義務者となつているから、混同の法理は適用されない旨主張する。

しかし、自賠責保険制度は、加害者たる保有者等が被害者に対して負担した損害賠償責任をてん補することを目的とする責任保険の制度であつて、一六条請求権は、被害者が保険会社に対し直接損害賠償請求をすることを認めることにより被害者に対する迅速な救済の実現を可能ならしめ、その保護を図つたものであり、保険会社が被害者に対し右損害賠償義務を負担するのは、保険会社が被保険者である加害者と責任保険契約を締結したことによるのであるから、被害者の保護も、賠償義務者とその賠償義務の存在を前提としてはじめて認められるものである。

したがつて、一六条請求権は、被害者が被保険者である加害者に対し三条請求権を有することを前提とするものであり、三条請求権が混同により消滅したときは、被害者の有する一六条請求権も消滅するものというべきであつて、両請求権が債務者を異にするからといつて一六条請求権のみが残存するということはできない。

以上のとおり、原告悦正のこの点についての主張は理由がない。

なお、原告悦正は、自己に対する三条請求権を前提として、葬儀費用及び慰謝料につき、固有の損害として主張し、これも被告会社に対して請求している。しかし、そもそも賠償義務者たる原告悦正が自己に対して右のような損害賠償を請求すること自体が無意味であるからこれらは原告悦正の損害ということはできない(慰謝料請求につき相続構成によつた場合には右に説示したとおり混同の法理が適用になる。)。したがつて、これらが損害と認められることを前提とする被告会社に対する請求も理由がない。

以上のとおり、原告悦正の被告会社に対する請求はいずれも理由がない。

八遅延損害金の起算点

原告ふみ、同保男及び同德二は、被告会社に対し、自賠法一六条一項に基づき、損害賠償金及びこれに対する本件事故の発生した日である昭和五九年三月九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている。

しかし、自賠法一六条一項が被害者の保有者及び運転者に対する損害賠償請求権とは別に保険会社に対する直接請求権を認めた法意に照らすと、同項に基づく保険会社の被害者に対する損害賠償額支払債務は、期限の定めのない債務として発生し、民法四一二条三項により保険会社が被害者からの履行の請求を受けた時にはじめて遅滞に陥るものと解するのが相当である(最高裁昭和六一年一〇月九日第一小法廷判決参照)。

したがつて、本件においては、右原告らが、被告会社に対し、本訴を提起し、同被告に対する訴状の送達がなされた日の翌日であることが記録上明らかな昭和六〇年一二月二六日以降の遅延損害金の請求については理由があるが、それより前の分の遅延損害金の請求は理由がないものである。

九結論

以上によれば、原告らの本訴請求は、被告らに対し、本件事故による損害賠償として、(一)原告悦正が被告大沼に対し、金二四七三万〇一三三円及び弁護士費用を除いた内金二二七三万〇一三三円に対する本件事故の発生した昭和五九年三月九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、(二)原告ふみが被告大沼に対し、金九〇二万三八〇〇円及び弁護士費用を除いた内金八二二万三八〇〇円に対する本件事故の発生した昭和五九年三月九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告会社に対し、被告大沼と連帯して右弁護士費用を除いた金八二二万三八〇〇円の内金で自賠責保険の保険金の限度額金二〇〇〇万円の四分の一に当たる金五〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和六〇年一二月二六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、(三)原告保男及び同德二が被告大沼に対し、各金一五二万〇六三二円及び弁護士費用を除いた内金一三七万〇六三二円に対する本件事故の発生した昭和五九年三月九日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告会社に対し、被告大沼と連帯して右弁護士費用を除いた金一三七万〇六三二円の内金で自賠責保険金の限度額金二〇〇〇万円の二四分の一に当たる各金八三万三三三三円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和六〇年一二月二六日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める限度で理由があるからこれを認容し、その余はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官今泉秀和)

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